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ビートたけしと数学

ビートたけしは、数学好きで有名です。
もし、この世界に入っていなかったら数学の
研究者になりたかったというくらい、筋金入りです。
たけしのコマネチ大学数学科は、そんな北野武
ならではのバラエティ番組です。

ビートたけしのお母さんは、教育熱心だったことでも
有名で、幼少時代から、成績優秀でした。
小学校時代は、算数と図画工作が特に得意だったそうです。
たけしのコマネチ大学数学科が生まれた元は、
どうやらこのあたりの幼少時代からあるみたいですね。

ビートたけしは、東京都立足立高等学校を卒業後、
得意の数学を生かして、明治大学工学部機械工学科に
一発現役入学します。しかし明治大学二年の時、
一人暮らしを家出同然で始めだして、新宿あたりで
ぶらつきだします。
結局、明治大学は140単位のうち106単位まで取得しましたが、
通わなくなって除籍となりました。

数学好きのビートたけしは、芸能分野に興味はありましたが、
当時はやっていたアングラ演劇などにはなじめず、
文学的なものは理工系なのでわからないが、
自分にも演芸なら理解できるだろうという理由から、
芸人を志すようになりました。

昭和47年の夏、数学好きのビートたけしは、東京都台東区浅草の
フランス座で、エレベーターボーイを芸人見習い志願として始めます。
それから、フランス座の劇場の経営者兼座長、深見千三郎に師事し、
前座芸人・北千太としてコントを学びはじめました。
ビートたけしは、幕間コントに出演して、芸人として
タップダンスの修業にも励みました。
この頃は、数学とはあんまり関係ない生活を送っていたみたいですね。

当時フランス座には、2年先輩の兼子二郎という芸人がいて、
彼と漫才コンビ、ツービートを結成して、
ビートたけしと名乗るようになりました。
ツービートをやっていた時も、数学すきである面を
見せることはありませんでした。

ビートたけしが数学好きであることが、
次第に知られるようになったのは、
おそらく、ツービートをやめて、
ピン芸人としてやりだしてから数年たってからの
ことだと思います。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071116-00000048-spn-ent

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